大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所 昭和25年(う)649号 判決

控訴人 被告人 根岸大三

弁護人 由井健之助

検察官 大町和佐吉関与

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役六月に処する。

原審の訴訟費用は全部被告人の負担とする。

昭和二十五年六月二十七日附起訴状記載公訴事実一の1及び2欄記載の昭和二十二年勅令第一号違反の公訴事実(原判示第一の(一)、(二)の昭和二十二年勅令第一号違反の事実)については被告人は無罪。

理由

被告人の弁護人由井健之助の控訴の趣意は末尾添附の控訴趣意書記載のとおりである。

控訴の趣意第一点の(一)について

昭和二十二年勅令第一号第十五条にいう政治上の活動とは、原則として政府、地方公共団体、政党その他の政治団体又は公職に在る者の政治上の主義、綱領、施策又は活動の企画、決定に参与しこれを推進し支持し若しくはこれに反対しあるいは公職の候補者を推薦し支持し若しくはこれに反対しあるいは日本国と諸外国との関係に関し論議すること等によつて、現実の政治に影響を与えると認められるような行動をすることをいうものであること、最高裁判所判例の示すところである。(昭和二十三年(れ)第一八六二号昭和二四、六、一三大法廷判決参照)。しかしその趣旨はもとより直ちにその行動は能動的な作為に限られ、受動的な行為が政治上の活動でないという意味ではない。たとえ受動的な行為であつても、それがなされた環境と事情によつて現実の政治に影響を与えると認められる場合があるからである。また能動的な作為であつても、それがなされた環境と事情によつては、現実の政治に影響を与えない場合もありうるであろう。要はその具体的な行動と、それがなされた具体的事情と環境により政治上の活動であるか否かの価値判断がなさるべきである。いま原判示第一の(一)、(二)の事実について見ると、いずれも参議院議員候補者森田大三の当選を得しめる目的で選挙人又は選挙運動者に供与する趣旨の下に原判示金員をその趣旨を諒承して受領したというのであつて、右所為は公選による公職の候補者を支持する行為であることは明らかであるが、しかし公訴事実も原判示もひとしく右金員受領行為をもつて、それ自体政治上の活動としておるものであつて、右行為のなされた環境や具体的事情については触れるところがないのみならず、原判決の挙示する証拠を精査しても、右金員受領行為自体が現実の選挙に影響を与えるものであることを認めるに足る具体的事情も環境も知ることができない。むしろ原判示第一の(一)、(二)の事実が前提となり、原判示第二の饗応の事実、同第三の各現金供与の事実、等々となりそれによつて現実の選挙に影響を及ぼすに至つたことを認めることができる。従つて原判示第一の(一)、(二)の行為は次の選挙活動即ち政治活動への準備若しくは前提行為ではあるけれども、それ自体は未だ以て現実の政治に影響を与えるものとは認め難いものといはなければならない。それ故原判示第一の各事実は右勅令第十五条違反罪を構成しないものというべく原審がこれを右勅令違反罪として問擬したことは、右勅令の解釈を誤り、もつて判決に影響を及ぼすべき法令の適用を誤つた違法がある。論旨は理由がある。

控訴の趣意第一点の(二)について

しかし原判示第五の事実は被告人が自由党政務調査会参与森田大三と表示した名剌を古志コエイ外三名に頒布宣伝方を依頼して交付したというのであつて、被告の行為を単に機械的労務的なものと認定したものでないこと、その判文に照し明らかなところである。そして右判示事実は特定の公選による公職の候補者を支持し、現実の選挙に影響を与えるものと認められるから、原判決がこの事実につき右勅令を適用したことは正当であつて、論旨は理由がない。

控訴の趣意第二点について

(一)  しかし原判決第二の事実は原判決の挙示する証拠を綜合すればこれを認めることができ、これをそのように認定するに反経験則の違法があるものともいえない。被告人の原裁判所公判廷における供述及び検察官に対する供述調書謄本の記載中に所論の如き趣旨のものがないではないがこれ等の部分は原裁判所が他の証拠と対比してこれを措信しなかつたものであると認められるので原判決には所論のように証拠によらない事実の認定の違法もなければ理由不備の違法もない。論旨は理由がない。

(二)  しかし原判決が証拠としている、古志コエイの検察官に対する供述調書の記載によれば、被告人が路上で古志コエイに原判示名剌を配つたことが認められ、小川政一の検察官に対する供述調書謄本によれば、同人や渡辺勲等が被告人方に集合し、その席上被告人が各人に原判示名剌を配つたことが認められ、中津悟、村上益夫の検察官に対する各供述調書謄本によれば被告人が同人等方をそれぞれ訪れ、原判示名剌を交付したことが認められるのであつて、かかる証拠を原判決挙示の被告人の原審公判廷における供述及び検察官に対する供述記載と綜合すれば、原判示第五の名剌を各交付した事実は優にこれを認めることができ、これをそのように認定するにつき反経験則の違法があるものともいえない。論旨は原判決が措信しなかつた被告人の供述の一部分をとつて、原判決を攻撃するものであつて採用の限りでない。

控訴の趣意第三点について

しかし罰金等臨時措置法の立法の趣旨は所論のとおりであるが、同法の施行により、刑法その他の刑罰法規中に規定された罰金刑は変更せられたものであるから、たとえ選択刑として罰金刑の定めのある法条についても選択の裁量については、変更された罰金刑が対豫となるのであるから、結果において他の刑が選択されたとしても、右臨時措置法が先ず適用されるべきものであることは、当然であるといわなければならない。論旨は理由がない。

以上控訴の趣意第一点の(一)について説示した理由により、量刑不当に関する控訴の趣意についての判断をするまでもなく、刑事訴訟法第三百九十七条に則り原判決はこれを破棄すべきものとし、同法第四百条但書に従い、直ちに被告事件につき判決すべきものとする。原判決の確定した原判示第二乃至第五の事実を法律に照すと、各昭和二十二年勅令第一号第十六条第一項第七号第十五条第一項罰金等臨時措置法第二条にあたると共に、原判示第二乃至第四の事実は公職選挙法第二百二十一条第一項第一号に、原判示第五の事実は各同法第二百四十三条第三号第百四十二条にあたり、それぞれ一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、刑法第五十四条前段第十条により、判示第二乃至第四の事実については重い右各公職選挙法違反の罪の刑判示第五の事実については重い右勅令違反の罪の刑に従い以上は同法第四十五条前段の併合罪であるから、各罪につき所定刑中懲役刑を選択し、同法第四十七条第十条により、最も重いと認める原判示第二の(一)の公職選挙法違反罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内において、被告人を懲役六月に処し、原審の訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条に従い、被告人をして全部負担せしむべきものとする。

なお、被告人は前記勅令第一号にいわゆる覚書該当者であるが、昭和二十五年六月四日施行せられた参議院議員の選挙に広島県地方区から立候補した森田大三の当選を得しめる目的で(一)同年五月中旬被告人肩書居宅で、同候補者の選挙運動者である石井玉城から、同人が右森田大三に当選を得しむる為選挙人又は選挙運動者に供与させる目的で交付した金三千円を、その趣旨を諒承して受領し(二)同月二十四日頃福山市延広町所在の右森田大三の選挙事務所で、同候補者の出納責任者金谷武雄に対し、同候補者の当選を得るために、選挙人又は選挙運動者に供与する金銭の交付方を要求し、即時同所において同人からその趣旨の下に現金二千円の交付を受け、以て右森田大三の為選挙運動を為したものであるとの原判示第一の昭和二十二年勅令第一号違反の点については、被告事件罪とならないこと前記のとおりであるから、刑事訴訟法第四百四条第三百三十六条に則り無罪の言渡をすべきものとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長判事 三瀬忠俊 判事 和田邦康 判事 小竹正)

控訴趣意書

第一点原判決は法令の解釈を誤り罪とならざる事実を有罪とした違法がある。即ち

(一) 原判決は其の判決理由中、第一として被告人が森田大三候補者の当選を得しめる目的で一、昭和二十五年五月中旬頃被告人方に於て同候補者の選挙運動者である石井玉城から同人が右候補者に当選を得しめる為、選挙人又は選挙運動者に供与させる目的を以て交付した金三千円をその趣旨を諒承して受領し二、同月二十四日頃森田候補者の選挙事務所に於て同候補者の出納責任者金谷武雄に対し右趣旨の金銭の交付を要求し現金二千円の交付を受け以て右森田大三の為に選挙運動を為したと判示し之が昭和二十二年勅令第一号第一項に該当するものとせられている。

然し乍ら右勅令第十五条第一項に所謂選挙運動とは同条項の条文上自分から明なる如く、政治上の活動の一例示であつて選挙運動とは特定の選挙に付特定人の当選を得べく投票を得るに付直接又は間接に有利なる行為を積極的に為すことを謂うのである(昭和十一年(れ)第八二五号、同年六月十五日大審院判決参照)。選挙運動を為すと云う以上能動的、積極的な行為のあることを要するのは社会通念上疑いの無いところである。単なる受動的な行為を以て何々の運動を為したとは云はれない。被告人が森田候補者の運動者石井玉城から三千円を、同候補者の出納責任者金谷武雄から二千円を受領したのは何れも受動的のものでしかない。之を以て選挙運動をしたとは謂い得ないことは極めて明瞭ではなかろうか。右合計五千円の受領行為は寧ろ判示第三の金銭供与に吸収さるべきものであつて、受領行為を切はなち之を独立の選挙運動となし昭和二十二年勅令第一号第十五条第一項の違反とするのは法令の解釈を誤つたものと謂うべきである。前記勅令の趣旨から云つても追放該当者の能動的行為を禁ずる趣旨であることは明瞭である。

(二) 原判決理由第五は、被告人が自由党政務調査会参与森田大三と表示した名剌を古志コエイ外三名に交付した事実を認定し之を前記勅令第十五条第一項に所謂選挙運動をした罪に問擬している。然し乍ら前記勅令第十五条が覚書該当者の選挙運動其の他の政治上の活動を禁ずる所以のものは覚書該当者の思想的精神的、影響力を好ましくないものとするからである。従て同条項に所謂選挙運動には単なる機械的、労務的のものを含むものではない。日雇労務者のやるような文書の頒布交付を以て前記勅令第十五条第一項に違反するものとするのは法令の解釈を誤つたものと謂うべきである。

第二点原判決には理由不備の違法がある。

(一) 原判決理由第二は被告人が(1) 昭和二十五年五月二十五日頃及(2) 同年六月二日の二回に自宅に於て森田候補者の選挙運動者となること及同候補者に投票方を依頼し其の承諾を得又は得ていた選挙人渡辺勲外数名に酒肴を提供し被告人と共に飲食し以て森田大三の当選を得る為選挙人及び選挙運動者に饗応して選挙運動を為したと認定していられるが、所謂饗応とは選挙人又は選挙運動者に対し投票を為し又は選挙運動を為すの報酬若は謝礼と為すの趣旨を以て酒食を供与するの行為であるところ、右認定の証拠として原判決の引用せられた被告人の原審公判廷の供述に依れば、被告人居住地方に於ては部落の人が集会する場合多くは酒肴を共にする慣習があり、被告人方に集合し貰いたる時は恰度農繁期で折角疲れている際集つて貰つたのだから之をねぎらう意味に於て慣習に従つて酒食を共にしたものである趣旨の供述であり、被告人の検事に対する第一乃至第十回の供述調書に於ても投票を為し選挙運動を為すの報酬若は謝礼を為すの趣旨を以て酒肴の供与を為したことを明認し得る供述はない。然るに原判決が右被告人の供述及供述調書に依る外第二の(一)に付渡辺勲、渡辺恒一、前田正一、山川政一の各副検事に対する第一回供述調書謄本、根岸ミノエの司法警察員に対する第一回供述調書謄本、第二の(二)に付渡辺勲、前田寛、小川政一、村上益夫の各副検事に対する第一回供述調書謄本、中津悟、箱田鉄夫の各検事に対する第一回供述調書謄本に依り右事実を認めるとせられているのは明に証拠に依らず若くは証拠の趣旨を誤解して事実を認定せらたか又は理由不備の違法があるものである。

(二) 原判決理由第五は被告人が自由党政務調査会参与森田大三と表示した名剌を自から印刷し之を(一)古志コエイに十七枚(二)小川政一に対し約四十枚、渡辺勲に対し約二十一枚(三)、中津悟に約三十枚(四)、村上益夫に約十七枚を交付したと認定し、其の証拠として前同様被告人の当公廷に於ける供述及被告人の検事に対する供述調書に依る外云々に依て認める旨説示していられる。然るに被告人の原審公判廷に於ける供述は検事に対する供述調書と同旨であると述べて居り、検事に対する供述調書に依れば被告人は名剌を配つたのは古志コエイと前田宏の二人丈けで食事の時には名剌が要る人は持つて帰つて下さいと云つた迄で現実に配つたものでない趣旨を供述しているのである。然らば右事実に付原判決は証拠に依らず若くは証拠の趣旨を誤解して事実を認定した違法があるか又は理由不備の違法があるものと謂はねばならぬ。

第三点原判決は適用すべからざる法令を適用し被告人を処罰した違法がある。即ち原判決は被告人に対し判示第一乃至第五の所為に付夫れ夫れ罰金等臨時措置法第二条第四条を適用する旨説示せられているが、罰金等臨時措置法の規定は現実に罰金刑を科する場合に於て経済事情の変動に伴い罰金、科料の多額並に寡額に付特例を用いしむるものであることは明である。然るに本件被告人に対しては罰金刑を選択することなく、従て罰金刑を現実に適用すべき場合でないのに前記措置法を適用しているのは無意味であると共に判決に適用すべからざる法令を適用した違法があるものと謂はねばならぬ。

(その他の控訴趣意は省略する。)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例